薩摩藩英国留学生記念館 Part1
~ 日本の夜明けをつくったサムライたち ~

黎明の地

いちき串木野市に羽島という地域があります。

眼前に海が広がる小さな港のある閑静な場所です。

いちき串木野市街地から北へ車で約15分。
羽島に向かう道路の左手には美しい海が広がっています。

実は、この羽島こそ、日本の近代化に大きく関わった場所で「黎明の地」と呼ばれています。

1865年、薩摩藩の命により若き薩摩藩士19名が密かにイギリスに向けて出港したのがこの羽島浦だからです。

海外渡航が幕府により禁止されていた時代、幕府の命に背いての渡航。

果たして、どのような使命を帯び、どのような思いでこの羽島を後にしたのでしょう。

貴重な資料や具体的な記録から、薩摩藩英国留学生たちの並々ならない決意や情熱が直に伝わって来る、そんな場所がここ「薩摩藩英国留学生記念館」です。

 

薩摩藩英国留学生記念館

~生き方に悩むとき、前に進めないとき訪ねてほしい場所~

 

鎖国下の江戸時代、貿易だけではなく海外往来もご法度。

幕府に背いてまで遠いイギリスに渡った留学生たちの思い、使命、覚悟を肌で感じることができる薩摩藩英国留学生記念館。他では見ることのできない貴重な歴史的資料も展示されています。

【1階展示室】

留学決定までのいきさつ

留学生のなかに、五代友厚、森有礼といった後の日本に多大な影響を与えた人物がいたことは有名です。

しかし、総勢19名の留学生がどのようにして選ばれたのかはあまり知られていません。

そして、だれがイギリス留学の必要性を薩摩藩に説いたのか、さらには、その上申書の驚くべき内容に、のちの彼の活躍を鑑みて、なるほどとうならずにいられない展示をじっくりご覧いただきたいと思います。

その上申書には、日本の未来を見据え、何を学ぶべきかを熟考したうえでどのような人物を留学生として選出するべきかが提案されているだけでなく、渡航費用の捻出方法までも記されています。

決死の覚悟

薩摩藩の命を受け、江戸幕府に背くことを承知でイギリスへと向かう留学生たちの心中は計り知れません。

それでも、鹿児島を出て羽島に至るまでの彼らの足跡、グラバーが手配した船が到着するまでの2か月余りの羽島滞在中のエピソード、留学生に選ばれながらも2人が辞退し、1人がプレッシャーやストレスでこの世を去ったという秘話を目にすると、その覚悟のほどが痛いほど胸に迫ってきます。

 

貴重な展示物

幕府に背いての留学生の英国派遣にあたっては、カムフラージュが必要だったのだなあ、と今さらながら思わせる貴重な資料である渡航辞令書が展示されています。

さらに、留学生の一人が羽島の逗留先の家人に送ったと言われる裃も見ることができます。

 若き薩摩の群像+2人

鹿児島中央駅前の「若き薩摩の群像」は、薩摩藩英国留学生の銅像です。空を仰ぎ見たり、両手で空を抱くようなしぐさをしていたりと様々なポーズをとる洋服姿の薩摩藩士たち。数えてみると17人。でも留学生は19人。

残りの2人は長崎出身の通訳・堀孝之と土佐藩出身で尊王攘夷派の高見弥一です。薩摩藩出身でないことから「若き薩摩の群像」に加えられなかったのだろうと思われますが、彼らも薩摩藩の命を受け、命がけで渡英したメンバーです。

通訳としてなくてはならない存在だった堀孝之。

王を尊び外敵を斥けようとする尊王攘夷派でありながら、英国への留学を決行した高見弥一。

彼らについてもぜひ同館で学んでほしいと思います。

【2階展示室】

英国留学生たちの船路

飛行機で十数時間でヨーロッパに行ける現代とは違い、留学生たちは2か月余りもかけてイギリスに到着しました。

航路、船酔いに苦しみ、慣れない食事が喉を通らない様子や、寄港した香港やシンガポールで受けたカルチャーショック、初めて口にしたパイナップル、アイスクリーム、外国人カップルのキスやハグに驚嘆する様子など、彼らの船旅が生き生きと再現された「留学の旅路サークルロビー」は、等身大の留学生たちを垣間見ることのできる展示です。

留学中の体験・見聞

薩摩藩の密命を受け、薩摩藩から莫大な費用を出してもらっての命がけの留学。

彼らが留学先で何を体験し、何を見聞きしたかが分かるのがサウサンプトン到着以降の留学中の時間の流れが刻まれた中央のロングテーブルはじめ、当時の資料や立体地図、模型、環境映像です。

さすがに選び抜かれた人たちであり、また、覚悟のほども並々ならないものだったのだろうと思わせる資料も展示されています。
異国の地にあり、異国の言葉での勉強であったにも関わらず、現地の人々が驚くほどの呑み込みの速さであったことが報じられている新聞記事です。

また、年齢が低かったため、ロンドン大学に入学できなかった長沢鼎は、スコットランドのトーマス・グラバーの実家に寄宿し、地元のハイスクールに通いましたが、そのハイスクールでの成績優秀者として地元紙に名前が掲載されるほどの学力だったそうです。

帰国。それぞれの道

留学先でそれぞれに与えられた勉強や使命をまっとうして帰国した留学生たちは、帰国後、日本の近代化に大きく貢献します。

さまざまな資料や模型、映像でたどることのできる彼らのその後の人生はとても興味深いものです。

展示にみる薩摩藩英国留学生の生きざま

薩摩藩英国留学生記念館の展示を見に行った最初の感想は「思ったよりもこぢんまりとしているな」でした。

しかし、薩摩藩が留学生を派遣するきっかけとなった生麦事件から順を追って丹念にみていくにつれ、彼らの覚悟や勇気、努力、前進力といったようなものが胸に迫ってきます。そして、自分の悩みや前進できずにいる理由がちっぽけなものに思えてきて、私自身は大いに勇気をもらえました。

日本列島の南の端っこにある薩摩。そこから世界に船出した19人のサムライたちを思うとき、私もしっかり前を見て自分なりの道を歩こうと思えるのです。

洋風の外観と世界を感じる海

薩摩藩英国留学生記念館を出て海の方に歩くと、そこは「薩摩藩留学生渡欧の地」。

ここから若いサムライたちは世界に向けて旅立ったのでしょう。

 

旅立ちに際して詠んだ和歌に、その思いを垣間見ることができます。

海を臨む同館のバルコニーは、留学生たちが乗りこんだ機帆船をモチーフに、本物の木製マストがついた甲板デッキ仕様。ここに立って海を眺め、海の向こうに思いを馳せるのもいいかもしれません。

薩摩藩英国留学生記念館の近所には、留学生が羽島で逗留していた場所を示す道標が立っています。

 

 

実際の逗留先に立つと、2階の部屋から道路を挟んですぐそこに見える海を毎日眺めていたという留学生たちの気持ちが垣間見える気がします。

近所に2件ある留学生の逗留先跡は、現在は一般の方の民家になっています。見学の際は住民の方の迷惑にならないように気をつけてくださいね。

 

のんびりゆっくり楽しみたい 

美しい海をバックに建つ赤いレンガ造りの薩摩藩英国留学生記念館。

留学生たちについて学び、カフェでくつろぎ、周辺を散策したり、同館で借りることのできるレンタル自転車で海辺をサイクリングしたり。

潮風と太陽に光を存分に感じながら、ゆっくり過ごしてほしい場所です。

 

 

*「薩摩藩英国留学生記念館 Part2」では、館内のおいしいカフェと、オリジナルグッズが買えるショップ、そして、月1回開催される注目のイベントについてお伝えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー : レストラン&ショップ , 観光情報

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